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» [book] ジーン・ウルフ「ケルベロス第五の首ケルベロス第五の首

<未来の文学>シリーズ第一弾。面白かった!SF マガジンに載ってる解題を読んでみたらいろいろ気づかなかった謎がたくさんあってびっくりです。特に第 1 章の主人公の正体には驚かされました。

しかし、僕は頭が悪いのでミステリー的な謎解きよりも感傷的な文体で語られる物語を読むことに重点をおきました。第 1 章の、兄と女の子とで冒険したり自分の出生の秘密を知ったり幻想的な囚人生活をしたりなんて少年冒険物<ジュヴナイル>としても面白く読めました。

どうやら第 1 版には誤訳があるようで、この文章の迷宮が一回り大きくなっているようです(現在の版では修正されているかもしれません)。

» [book] イアン・ワトスン「エンベディングエンベディング

<未来の文学>第二弾。解説の山形氏によるとイアン・ワトスンは長編では似たような話ばかり書くそうで、これがその処女長編だそうです。僕はイアン・ワトスン初体験のせいか、かなり面白く読むことができました。次から次に繰り出されるアイデア満載で中盤から結末直前までどきどきです。隔離された環境で特殊な人工言語を使う子供たち、村が水没の危機にあるなかエキゾチックな儀式に耽る未開の部族、そして宇宙からやってきた、奇妙な妄想を持った異星人。彼らが地球側にオーバーテクノロジーと引き換えに要求するものは……!という感じでSFらしい話になるのですが、ここから急に話が反転します。「最悪の敵にさえ起こってほしくないことは、高度な文明との接触だ」と言ったのはバクスターですが、ミュールキックの論理というものを読んだときはなるほど、と思いました。部族のほうもアレな結果になり、唯一残った子供たちも……。解説を読んでからもう一度読むと、ワトスンはそういう60-70年代SFの、異文化や異星人や超能力を持ってきて相対主義(立場が変われば真実も変わるという考え方)からうんぬんというありがちなSFを否定したかったのかもしれない、という読み方ができるように思えます*1

えーと、訳の口調に変なのが多かったです(詳しくはこちら)。とりわけ前半に。同訳者の「暗闇のスキャナー」やシュナイアーものは結構普通に読めましたから、たぶんこれは校正の問題だと思います。2 ちゃんねるの国書刊行会スレッドによると、そのあたり非常に日程がきつかったようです。

しかし、山形氏の解説はいつもどおりとりつくしまがないというか。「我々、SFファンというか弱い花は、物語の真の姿や、ガジェットのほんとうの仕組みがこれ以上解明することに耐えられない」のですよ。「わきまえろ山形浩生!」と、自嘲したくなりました。

» [book] トマス・M・ディッシュ「アジアの岸辺アジアの岸辺

<未来の文学>シリーズ第三弾。これをずっと待っていました。ケルベロスもエンベディングもこれの前座ですよ。「リスの檻」はやっぱり大傑作です。

面白かった!話としては結構しょぼいオチが付いている話も多いのですが(「犯ルの惑星」とか。もっともオチはアレでもそれ以外は爆笑ものです)、そこに至るまでの描写や小道具の使い方がすごくいいです。いかにも独身男性的な食べ物の描写には自分も独身男性なのでけっこう来るものがあります。グリーンジャイアントと加工肉の組み合わせとかよくやるのです。全編、奇妙な味<ディッシュ>という話ばかりでよかったです。特に「降りる」と「第一回パフォーマンス芸術祭」がお気に入りです。

「『あれはだれ?』わたしは、US エアー搭乗券カウンターにいる熊のような人物を身振りでしめしながら訊いた。アランがささやき声で、『あれはトーマス・M・ディッシュ。SF だよ。でも、質はものすごく高い』」 -- テリー・ビッスン「ふたりジャネット」より

*1 というか、今から考えれば、これは訳者の山形浩生さんの持論ではないですか。文化相対主義論者をこきおろす書評をよく見掛けます

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